ロッキー山脈を疾走する伝説のカーレースで六制覇達成の還暦モンスター:田嶋伸博さん
プロドライバーの田嶋伸博さんは、六十一歳にして現役のカーレースのドライバーです。
それは、自分に負けたくないから、と話す田嶋さん。
そこで、体力的にも、視力的にも年齢を感じながら、レースに挑んでいる田嶋さんのコラムをご紹介します。
「今年の自分を追い抜くことが来年の目標」と語る田嶋さん
若いころの体力はなくなりましたが、経験と知識を生かして六連覇を達成しました。
毎年七月にアメリカのロッキー山脈で開催されているカーレース「パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム」(以下、「パイクスピーク」と略)で、六連覇を達成しました。九六年の歴史があるこのレースで六連覇を果たしたのは、日本人はもちろん、世界でも私だけです。
わたしが参戦している「パイクスピーク」は、ロッキー山脈にある標高二八六二メートルのスタート地点から、標高四三〇一メートルの頂上まで、一気に車で駆け上がるレースです。距離は約二〇キロで、私は今年一〇分を切る世界記録でゴールしました。途中には一五六のコーナー(曲がり角)があり、一つハンドルを切り損ねれば、山から滑落する危険なレースでもあります。
いま私は六十一歳です。「なぜ還暦を過ぎても現役でいられるのすか」とよく聞かれます。その答えは一つだけ。「自分に負けたくないから」です。
六連覇をしても、毎年レース後は反省と後悔の連続。「スタート時に加速が遅れた」「あそこのカーブでスピードを落としすぎた」など、優勝の喜びよりも悔しさのほうが大きいくらいです。
チャンピオンである私にとっての使命は、今年の自分を追い越すこと。「来年こそは完璧なかたちで優勝しよう」という思いが、私を突き動かしている原動力です。
体力はレーサーになった十八歳のときが、いちばんありました。長距離ラリーの大会に出場しても、休息を取らずに三日間走りっぱなし。給油をしている間にパンにかぶりつき、トイレに走る。どうしても眠たくなったら、タイヤの交換中にハンドルに突っ伏しながら寝て、タイヤがセットされた「ドン」という音で起き、そのまま走る・・・・。
さすがにいまはそんなレースはできませんが、体力がなくなったぶん、経験と知恵を駆使してレースに参戦しています。
例えば視力。レーサーにとって視力の衰えは致命的です。わたしは数年前から老眼がひどくなり、シートに座った状態では、スピードメーターをはじめとする計器類がボヤケて見えるようになりました。
大変困りましたが、老眼を理由に引退したら、自分に負けたことになります。そこで私は、冷却水の温度や油圧といった計器類の表示を、危険水域になったら色が変わるように改良して対応しています。
ただ、瞬発力については知恵では補えないので、ふだんから意識して鍛えるようにしています。一般道で車に乗って信号待ちをしているときは、信号が変わる瞬間を見逃さず、誰よりも早く発車するようにしています。もちろん、一般道でスピード違反はしませんよ。
ダラダラ食事をするのは嫌いです。二日酔いも大嫌い。睡眠は短時間でも効率よく取っています。
カーレースにケガはつきものです。いちばんひどかったのが、一九九〇年に遭った右腕の骨折の事故でした。
豪州で開催された「ラリーオーストラリア」という大会に参戦中、次のステージに移動しようと一般道を走っていたときに、信号を無視した乗用車に突っ込まれたんです。車が『く』の字になりましたが、車がなんとか走ったので、骨の飛び出た右腕を縛って固定し、左手で運転してゴールをめざしました。
レース中、首の第七頸椎が折れたことに気づかないまま、走っていたこともありました。数週間後に迫っていた「パイクスピーク」のメディカルチェックは、ケガを隠して通過。レースには首にコルセットを巻いて出場し、見事優勝を果たしました。
どんなに大きなケガをしたときでも、レースをやめようと思ったことは、一度もありません。
連覇を続けるためには体が資本ですから、健康には人一倍気を遣っています。肉、魚、野菜と何でも食べますし、お酒も大好きですが、栄養やカロリーには十分注意をしています。
秒単位を争うレーサーだからというわけではありませんが、時間をムダにするのが嫌いです。
お酒を飲むにしても、翌日がムダになる二日酔いは大っ嫌い。食事も、ほんとうは便座の上でしたいくらいです。これを言うと、家内にいつも叱られるんですが・・・・。
会社の部下には「仕事の報告をするときは、三人同時に来い。時間がもったいないだろ」といっています。三人が話している内容は聞き分けられても同時に指示は出せませんから、結局同じことなんですけどね。
燃費が極めて悪いモーターレースに参戦する罪滅ぼしとして電気自動車を開発しています。
いちばんもったいないと思っているのが、寝る時間なんです。寝ている間は仕事はもちろん食事もできませんから、短時間で効率よく寝たいと、いつも思っています。
睡眠時間は六時間ほどですが、妻からは「大丈夫。あなたは毎晩効率よく寝ているわよ。あなたは『おやすみ』の『み』をいう前に寝息を立てているから」といわれています。
わたしが経営する会社では、環境にやさしい電気自動車や電気スクーターの開発に力を注いでいます。
実は、私が参戦しているカーレースの車は、一リットルのガソリンで五〇〇メートル程度しか走れません。世界じゅうがエコに向かっている現在、思い切り時代に逆行しているのがカーレースの世界なんです。
わたしが電気自動車の開発に乗り出したのは、ガソリンを浪費してレースを楽しませてもらっているぶん、環境に優しい車を開発することでつい滅ぼしをしたいという気持ちからです。
これからはカーレースの世界も電気自動車が主流になるでしょう。そのレースで勝つためにも、とてつもなく早いスピードで走れる電気自動車を開発したいですね。
私自身が自ら開発した電気自動車のドライバーとなってレースに出場し、いつか優勝を果たしたいと思います。
出典:健康365 2011年11月号