「上りがあれば必ず下りがある。それが人生というもの」ということを自身の体験から教えてくれる谷村新司さん
1070年代、アリスという音楽グループで有名になり、ソロでは「いい日旅立ち」などのヒット曲を生み出した谷村新司さんは、歌手活動を辞めて、中国や日本での音楽大学の教授になりました。
今まで築き上げたものをすべて終了して、人生の方向転換をした谷村さん。
奥様を二人、本当にやりたいことをする人生を送る選択をしてした谷村さんのコラムをご紹介します。
人生というものは、自分の意思次第でいくらでも変えることができます。
今から3年前、僕は人生の箱を空っぽにする決意をしました。三十年以上続けてきたコンサートツアーを止め、妻と一緒にやってきた事務所を畳む。すべてゼロの状態の戻すことにしたのです。
なぜそんなことをしたのか。それは自分がどんな人生を生きたいかを、改めて考えたからです。共に走りつづけてきた妻と、何日間も話し合いました。どうして歌い続けるのか。ファンの人たちが待っていてくれるから。それはとても有り難いこと。でも、自分たちの人生はそれでいいのか。やりたいことはいっぱいある。もっと別の、新しい人生がきっとある。ならばやってみようと。
僕たちはその気持ちを息子と娘に打ち明けました。「お父さんとお母さんは今の活動を全て止めようとおもう。これからは自分のやりたいことを自由にやっていきたい。もちかしたら収入もゼロになるかもしれない。どう思う?」
息子は言いました。「大丈夫だよ。家族四人が生活するくらい僕たちが働くよ。そんなにお金がかかるもんじゃないよ」と。その言葉に背中を押されて、僕たちは今までため込んできた自分の箱の中身を、全て捨ててしまうことにしたのです。
「何もない」は「何でもできる」
流れているものを収束させるには、大変なエネルギーが必要です。始めることよりずっと難しい。仕事だけではなく、人間関係をも収束させていかなければならないのです。結局事務所を完全に畳むまでに、一年半かかりました。
そして僕には何も無くなった。何もないということは、何でもできるということ。人生を生きたいように生きられるということ。
もちろん不安がないと言えば嘘になります。でもその不安に勝るだけのワクワクした気持ちに包まれていました。
不思議なことに、余計なものがない真っ白な目で見ると、家族の輪郭がはっきりとしてきたのです。それまでは家族という漠然とした纏まりにしか見えなかったものが、一人の人間として見えるようになってきました。息子の考えていることや娘のもっている価値観が、手に取るように分かってきました。そして、自分の人生にとって大切な人かそうでないかも、明確に判別できるようになってきました。つまりは、自分にとっての幸福の輪郭がはっきりとしてきたのです。
自分にとって何が幸福か分からない。そういう人はきっと幸福の輪郭がぼやけているのでしょう。もしそれをはっきりとさせたいなら、箱の中身を捨ててみることです。これまでため込んできたものを捨てたくはない。そう思うのならそれでもいい。それで幸せならば捨てることはありません。でも、もし自分の人生を変えたいを思っているのなら、過去の道のりに執着しないことです。
人生というものは、自分の意思次第でいくらでも変えることができます。しかしただ一つ、家族の大切さだけは忘れないでほしい。家族の幸せこそが原点なのです。僕はそう思っています。
夢は夢にあらず
僕は今、中国の上海音楽学院という国立大学で教鞭を取っています。これもまた不思議な巡り合わせで、ちょうど僕の周りがゼロになったときに依頼が舞い込んできたのです。大学で現代音楽を教えてほしいと。
僕の心の中には、若いころから中国への憧れみたいなものがありました。中国が自分の原風景のような感覚をもっていたのです。学長に会って請われたとき、僕はその依頼を自然に引き受けていました。
具体的な条件を提示されたわけではない。どのくらい拘束されるかも分からない。もしかしたらボランティアになるかもしれない。それでも僕は、この仕事をやりたいと心から思ったのです。
もしもツアー活動をやっているときに依頼がきたとしたら、おそらく僕は断っていた。いや、断らざるを得なかったでしょう。これくらいの拘束時間ならやりますよ。当然のことながらそうなっていたでしょう。でも、今はそんなことを考える必要などない。自分がやりたいから引き受ける。自分自身が幸せを感じられることを仕事にする。本来仕事とはそういうものではないでしょうか。
毎日会社に行かなくちゃならない。仕事をしなくちゃならない。しなくちゃならないことばかりに囲まれて、それが人としての幸福になるのでしょうか。お前はミュージシャンだからそんなことが言えるんだ。そう言う人もいるでしょう。
でも、ミュージシャンもサラリーマンも本当は同じ。ただ、自分のやりたいことを行動に移すかどうか。自分が思っている幸せに向かって、一歩を踏み出すかどうかだけです。
「俺、本当は会社を辞めて、好きな釣りを仕事にしたいんだ。それが俺の幸せなんだ」という人間がいる。「だったらやればいいじゃない」「でも、会社もあるし家族もあるからできないよ」「ということは、会社や家族って、君を不幸にするものなの?」と僕は問い掛けたい。
人生と仕事は切り離すことができません。生活するためには働かなくてはいけない。それも何十年という永きに亘って。だからこそやりたいことを仕事にするべきではないでしょうか。
「そんなことは夢だ」と言うかもしれない。でも、夢は夢だと思った瞬間に夢になるもの。「夢は夢にあらず」というのが僕の人生哲学です。
自分の意思をもって流される
アリスというグループで音楽業界の頂点に上り詰めた。ヒット曲を連発して一つの流行を築きました。そんな頂点にいるとき、僕はいつも考えていました。どうやって自分の足で頂点から下ろうかと。上り続けているとき、人は勘違いをします。ずっとこのまま上り続けるものだと。でもそんなことはあり得ない。上りがあれば必ず下りがある。それが人生というもの。
幸不幸も同じです。今が不幸だと嘆いている人たちに僕は言いたい。あなたは今、「幸福の扉の前にいる」んですよと。幸福の絶頂にいる人たちに僕は言います。ずっとそれが続くものではありませんよと。人生は川のように流れている。幸せに向かって流れたり、不幸へと流されたり。その流れに逆らうことはできないこともある。ならば流されればいいと僕は思う。どこへ行くのが分からない川の流れに乗る。行き着く先が分からないからこそ人生です。
ただし、自分の意思をもって流されていくことが大切なのです。自分を見失うことなく、心の命ずるままに流れていく。そんなふうに僕は生きていきたいのです。流れ着く先に幸せがありますようにと願いながら。
歌手・谷村新司さん
1948年、大阪府生まれ。71年、アリスを結成し、「冬の稲妻」「チャンピオン」など数多くのヒット曲を生む。ソロ活動では「いい日旅立ち」「昴」など、日本のスタンダード・ナンバーといえる曲を世に送り出す。歌手活動のほか、上海音楽学院常任教授、南京芸術大学院の名誉客員教授を務めるなど国内外で活躍。2012年から東京音楽大学客員教授に就任。
出典:PHP平成28年9月17日号
谷村新司さんの人生観のまとめ
歌手の谷村新司さんは、人生の方向転換をして、事務所を畳み、大学の教授になられていたのですね。
新しい方向へ進もうとして、それまでの人生を幕を閉じれば、新しい道が開けるのですね。もちろん、それは谷村さんだからできたことかもしれません。でも、事務所を畳んでコンサートツアーを辞める、という行動に移さなかったら大学教授にはなられていなかったかでしょう。
何かをすると決める時、それを行動に移すことが一番大切なんだと教えられた気がしますね。
「夢は夢にあらず」という谷村さんの人生哲学そのものですね。